Tuesday, May 31, 2005

タイタニックで新発見

今週は三連休なので、夜にテレビをつけると普段とは違う番組をやっている。昨晩たまたまテレビをつけたら映画「タイタニック」が放映されていた。もう7年くらい経つだろうか。レオ、若かったなぁ。もう船も半分沈んでおり、終わりかけであったが、久しぶりに少し見てみることにした。

タイタニックと言えば、望まぬ相手と結婚の決まっている没落貴族の娘ローズと、自分の身ひとつで生きているジャックの悲恋の話だ。初めて見たときは、泣きながら見た記憶がある。

年齢の問題なのか、それともストーリーを最初から知っているからか?今回は悲恋の部分については前回ほどの感動がなかったが、それよりも昔は気づかなかった新しい発見をした。あの映画では、極限状態でも発揮する、プロのプロ根性が各所に描かれていたのである。

船が沈み、もうじき冷たい海に放り出されて溺れ死ぬだろうという場面。乗客はほぼ全員がパニック状態である。しかし船長は操縦室に行き、たとえ意味はなくとも舵を取り、最期の時を待つ。オーケストラのメンバーは優雅なメロディを演奏しつづける。司祭は乗客とともに神に祈りを捧げる。誰も、ギャーギャー叫んで救命ボートの席を争うなんていうことはしない。最期のその瞬間まで、冷静に自分の役割を果たそうとしているのだ。たとえ心の中では動揺していたとしても、動揺は自分の中に秘めたままで。神と対話しながら、また楽器を演奏しながら死んでいくのが本望だといわんばかりに。

自分がもしあのシチュエーションにいたら、どっちの対応を取るだろう。冷静に最後まで音楽を奏でることができるだろうか。(楽器ができるかどうかは、この際おいておく)。

あれだけ肝の据わった、というかプロ根性を持ったような人になれたら格好いいなぁ。というのが、今回タイタニックを見た感想でした。

Monday, May 30, 2005

有線電話の行く末は???

引越し以前から懸案だったこと。それはSkype用のヘッドセットを調達して、インターネットフォンを開通させることである。これまでずっとヘッドセットを調達に行けなかったのだが、ようやく今日になってCircuit Cityに行くことができた。

帰宅後箱を開けている最中、早速呼び出し音が鳴りはじめた。先日アパートの安全対策を論じて帰国していった母からだ。まるでヘッドセットを買って帰ってきたのをどこかで見ていたような、恐ろしい、いやいや絶妙のタイミング。

音質は想像以上にクリアだった。しかもSkypeユーザー同士なら、相手の居場所が隣家だろうが地球の裏側だろうが、通話料がかからない。こりゃスグレモノだ。ハイスピードインターネットがある限り、従来のように国際電話の請求書にヒヤヒヤしながら有線電話で電話することはなくなるだろうな。

現に私は携帯電話しか持っていない。毎月基本料金を払って有線電話と携帯電話の2つを持つ必要性が全く感じられないのだ。通話は携帯電話で十分用が足りる。有線電話の請求書は現住所の証明に使うこともあるが、それは電気やガスの請求書があれば十分だ。となると、ますます有線電話は要らない。

そうなると、有線電話って何の役に立つんだろう?有線電話の将来って?

近年、アメリカの電話会社は多様な通話サービスを展開している。もとはベル電話会社のひとつだったV社は地域電話会社としてビジネスを始めたが、長距離電話サービスと相互参入が許可されて以来、長距離分野にも進出して、マーケットシェアを伸ばした。また「Vワイヤレス」という携帯電話サービスにも力を入れており、DCやNYといった東海岸では一番接続がいいとの評判を確立している。

その一方で、長距離電話会社はビジネスが傾いている。携帯電話で有名なS社などはもともと長距離電話会社だったが、今となってはワイヤレス部門の話しか聞かないほどだ。

そもそも長距離会社は不利である。長距離サービスを展開しようにも、州と州をまたぐ設備は自前で持っているが、利用者の家から交換機までをつなぐ部分(これは州内)は地域会社の設備を有償で借りる必要がある。おまけに地域サービスにどうぞ参入してくださいと言われても、その地域をナワバリにしている地域電話会社に設備を借りなければならない。この費用がバカにならず、相互乗り入れ以降、長距離会社はビジネスが傾いている。サービス多角化に成功し、鼻歌交じりの地域電話会社とは対象的だ。

しかしVoIP(IP電話)の出現により、地域電話会社もこの世の春を謳歌している場合じゃなくなった。いかんいかん、これじゃ競争に負けてしまうとV社などは早速VoIPに参入。いろいろな種類の通話サービスを提供することで、一部門がダメになっても大丈夫なように保険をかけているということだろう。また音声通話とDSLなど複数のサービスを抱き合わせにして割安感のある価格設定をし、有線電話時代からの顧客を離すまいと頑張っている。

最初の疑問に戻ろう。有線電話の役割って何だろうか?有線電話の将来はどうなる?うーむ、さてどうなるでしょう。怒られそうだが、この答えは自分でも分かりません。せっかく国中(ほぼ全体)に物理的にグルグルとめぐらせたインフラである。何か利用価値はないんだろうかねぇ。たとえば高齢化社会突入にあたり、ご近所の病院やら消防へのホットラインにする。一人暮らしのお年寄りにも安心、電気ガスがあるくらい自然に病院やら消防へ連絡できる国です、っていうのは?…うーん、イマイチ面白くないなぁ。

Sunday, May 29, 2005

朝食処発見!

引越し後、1週間が経とうとしている。が、未だにHome DepotやらBed Bath and Beyondなどをうろついている。どんな時でも、荷物を運ぶ手が二本しかないからだ。毎度タクシーでご帰還ともいかないし。こんなとき、ムカデが羨ましい。いっぺんに袋をいくつ持てるだろうか。

しかし流石に一段落してきたので、外出時に左右をキョロキョロする余裕も少しずつ増えてきた。そしてそのキョロキョロの産物であるが、一昨日いい朝食処を見つけてしまった。Ess-a-Bagelというベーグルの店の支店が1st Av.沿いにあったのだ。うちのすぐ横、というほどの近さではないが、十分歩ける範囲だ。今日TKTSに行く前に寄ろうと思っていたのだが、そこまで早起きできずTKTSに直行したため、切符購入後ミュージカル開始までの間に、劇場に近い3rd Av.の店に行ってみた。

3rd Av.のEss-a-BagelはE51丁目のかどに近い。パン屋さんに近いイメージかと思いきや、ガラスケースがズラリと並び、デリのような感じだ。手作りのベーグルがついたランチプレートやサンドイッチを食べたり、サラダ類を持ち帰ったりできるようになっている。ベーグルのお供と言えばクリームチーズだが、それもバラエティに富んでいる。豆腐を使ったクリームチーズ風Low-calのスプレッドなんかも置いてあって面白い。

今日はベーグルサンドの王者、スモークサーモンのサンドイッチをいただいた。Nova Scotia産というサーモンは肉厚で美味。サンドイッチ注文時にベーグルをトーストしなかったので、もしかして冷たいかなと思ったが、食べたら温かかった。つまり焼きたてだったからトーストの必要がなかったというわけ。流石である。勿論、ベーグルは看板商品だけあって、香ばしくて美味しい。値段($7.95)も一流だが、味も一流だった。

そう頻繁に通える店ではないが、今度また行ってみよう。ただベーグルとクリームチーズだけでも、絶対に絶品なはず。個人的には他の有名店・HやZより好きかも。3rd Av.の店よりも1st Av.の店のほうが小さくて地元っぽい。3rd Av.の店はロックフェラーセンターからも近く、少し観光地風である。店先にはなぜか榊原いくえの写真が飾ってあった。TVの収録か何かをしたことがあるのだろう。

というわけで、久々のレイティング復活である。

*Ess-a-Bagel*
Milly's Rating: ★★★★★

ミュージカルとモチベーション

仕事始めの前にやりたいこと。その1つが、ミュージカル鑑賞である。迫力ある歌とダンスを見ると非常にスカッとするし、ブロードウェイのショーはどれを見ても芸術的で美しい。狙いは水曜と土曜の昼公演を、ディスカウントの当日券で見ることである。仕事始めの前に、他に何かやることもありそうな気がしたが、今朝起きてみてパッと思いつかなかったので、ミュージカル鑑賞に出かけることにした。エイヤと覚えたての地下鉄に乗ってタイムズスクエアへ。TKTSというディスカウントチケット発売所で売られる当日券は、前売で売れ残った券なので、その日その場に行かないと何が出ているかは分からない。今日は何があるだろう。

実は今週は3連休。(月曜日はメモリアルデー:戦没した兵隊たちを弔う日)。観光客も多いので、残っている切符の種類や枚数が少ないかと思いきや、よりどりミドリだった!数ある名作のうちから、今回は50%割引で出ていたHairsprayを観ることにした。

舞台は1962年のボルチモア。お世辞にも美人とは言えない太った女の子・トレイシーがテレビに出演、アイドルになるまでを描く話である。ライバルのアンバーはプラチナブロンドの美しい、可愛い女の子である。しかしそれに対抗するためにトレイシーは学校で黒人のクラスメイトにダンスを教わったり、いろいろ試行錯誤してアイドルとしての自分磨きに励む。そしてそれを応援するのが太ったお母さん。このお母さんが、非常に風刺の効いたせりふを連発し、面白さを倍増させていた。

舞台が1960年代ということは、実はこの話、容姿端麗ではない女の子がスターダムにのし上がる話というだけではなく、実は公民権運動にも絡んでいるのかもしれない。思えば出演者の半数(主役級ではない)は黒人だった。きらびやかに歌って踊って、ジョークを交えたせりふの中には政治的なものは感じられなかったけれども。

しかし2時間半、思いきり歌って踊るショーを観たあとは、いつもながらスッキリする。思いきり何かをやっている人たちを観ることは気持ちがいい。その後は自分が何かを思いきりやる番である。何をやるかって?それは、来週から始まる仕事だろう。彼らが思いきり歌って踊ったように、私も思いきりスッキリするまで仕事をやれたら気持ちがいいだろうなぁ。

Saturday, May 28, 2005

疲れても、勿体無い

なぜだろう、この数日間はガックリ疲れた。せっかく始まった楽しいNY生活だというのに、眠くて仕方ない。早くものを片付けて外出したい、散歩したいと思うのに、箱片付けの合間には数時間昼寝、そして夜は夜で10時ごろ就寝。

何がこれほど疲れるのだろう。収納用品のことである。

私はこの街に一年も住まない予定だ。いま新居のために買うものは、一年以上使わないものばかりだ。つまり軽くかさばらないもの以外は、高いものを買いたくない。というより、売るも捨てるも勿体無いので、安かろうが高かろうが、ものを買いたくない。

しかし、一年だろうが何だろうが、必要なものもある。収納箱がいい例だ。買うと意外に高い。だからと言ってなしで過ごすわけにもいかない。これ、何とかならないだろうか。

そこで、時間のある今のうちに、段ボール箱を使ってあっちこっちの収納箱を作ろうと計画。特に外から見えない場所の収納箱は、おしゃれなものである必要もない。まずはベッドの下に置く箱がターゲットだ。寸法を測っていざ段ボール箱を探しに街に出たが、これが意外とないのである。箱はあるが、自分の希望するサイズと合わない。じゃあ仕方ないと、売っている段ボール箱を見てみると、プラスチック製収納箱と変わらないほど、値段が高い。

というわけで、ベッドの下の収納箱手作り作戦は断念。箱を買うことにする。では一番安い箱はどこにある?数件の店をはしごして値段と寸法を調べて、ついに18ドルにてベッドの下用の収納箱を2つ購入した。

たった18ドルのためにこんな労力を?アホらしい!と笑う人もいるだろう。一昔前の私なら、フフンと笑っていたに違いない。しかし勿体無いではないか。資源としても、お金としても、18ドルのものを1年も使わずに捨てるのは勿体無い。安いものを探し回ったり、手作りをしたり(これはまだやっていないが)は当然労力がかかる。疲れる。しかし高いお金で買ったものを一年後に捨てるよりは、ずっとましだと思う。

自分の身を守る

母と久々に数日間を一緒に過ごした。そこで浮き彫りになったのが、自分の身を守る(安全対策を講じる)ということに関する認識の違いである。私の安全対策が甘かった。

心配のあまり母は色々な提案をしてくれた。
・台所の窓に包装紙を貼り、目隠しをする。昼や夜に光の差す方向を見て、自分の影が写らなければOK。
・防犯ベル(アメリカでは売っていない?見つからない)を持つ。
・ペッパーガススプレーを持つ。
そして最後に来たものは
・Temptingなものを人に提供しない。
ということだ。Temptingって何だ?

Temptingとは、派手な服装を着ていること、お金の入った財布を人から見える場所に置くことなど、被害者にも犯罪の原因があるような場合を指す。これに倣い「地味な服の着用」「早い時間の帰宅」「夜間外出自粛」など数々のお達しを受けた。

火曜日にJFKから発つ直前まで、いろいろなことを励行して帰った母。あまりの「お達し」の多さに閉口した時間もあったが、これも愛情あってのことだ。こんなに色々なことを心配して注意する人は、母のほかに一生の中で、二度と会うことはないだろう。母の愛情に、感謝。

卒業式と引越し(その2)

感動の卒業式から感動が冷めやらぬうちに、土曜の朝を迎えた。NYへ引越しの日だ。どうしよう、まだまだ荷物がたくさんある。11時25分の電車に乗る前に、郵便局でひとつ箱を送り出さなければならないので、はやいうちにタクシーで郵便局まで行くことにした。

その後母と大家Mと3人で朝食。大家Mのお気に入りはスターバックスのカプチーノ。しかし彼女のこだわりはスゴイ。グランデ、ディキャフ、スキム、少しドライ(ミルクが少ないという意味?)…と色々続く。今でこそ驚かないが、初めて聞いたときはビックリした。私も注文時にはゴチャゴチャ言うほうだが、彼女のほうが一枚上手である。

そして帰宅後、最後の荷物チェックをしてユニオンステーションへ。車を降りる間際に、少し悲しくなって涙が出たが、そんな感傷にひたっている間はなかった。赤帽さんを捕まえたり、切符を引き換えに行ったり、Mとゆっくり話をする間もなく「またね!」という感じで車を降りた。

今回はMの強力なオススメで赤帽を利用してみたが、この赤帽システムが素晴らしかった。大きな台車を持って荷物運びを手伝ってくれるだけでなく、切符を見せると電車に優先的に乗せてくれる。赤帽氏と一緒に荷物エレベーターに乗ってホームへ行き、荷物を載せるのと同時に我々も乗せてくれるのだ。空席を焦って探し回る必要もない。

そしてNYサイドではDCの赤帽氏が手配したとされる赤帽氏がタクシー乗場まで荷物運搬をヘルプしてくれた。いやー、助かった。彼らがいなかったら母と2人、重い荷物を5つも抱えて途方にくれていたところだ。気になる料金だが、チップのみ。いくら渡すかは客次第というシステムだ。

さて、これでいよいよNY生活のはじまりである。しかし、その後とんでもない大変な数日間がやってくるとは、このときは少しも考えていなかった…。

Friday, May 27, 2005

卒業式と引越し(その1)

先週から今週にかけて、卒業式、引越しと嵐のように色々なできごとが通り過ぎていった。いやー、忙しかった。1週間のブランクを、少しずつ取り戻すことにしよう。

まずは20日金曜日の卒業式。当日はあいにくの雨。大学卒業時は振袖に袴だったので、ガウン一式をどうしたらいいのかサッパリ分からない。ガウンは着ればいい、帽子はかぶればいいのだろうが、Hoodに至っては、何をするものなのかも検討がつかない。ひとまず会場へ行き、プログラムコーディネーターのHにSOSを求めた。HはHoodを一部分だけ裏返しにして左腕にかけて、このまま持っていなさいと言う。これを壇上で首にかけてくれるそうだ。イメージがわかないので、ふーん、あ、そう。という感じである。しかし周囲のアメリカ人もどうしたらいいか分かっていない。どうやら、このHoodというのはMaster以上の学位取得者に与えられるもので、Bachelorにはないらしい。だから周囲のアメリカ人でも知らないってわけだ。なるほど。

しかしクラスメイトの格好に驚いた。私はガウンを着るので白いシャツに黒いスカートというリクルートスーツのような格好で行ったが、クラスメイトの中にはスリップドレスを着てきたり、ピンクのサンダルを履いてきたり、パーティ仕様の人のほうが多かった。一瞬、しまった。と思ったが、Vネックのガウンには襟があったほうがどう見ても格好いい。これでよかったのだと勝手に納得した。というか、そもそもガウンを着てしまえば何を着ているか見えない。

学位授与式は、MBAから始まり、公共政策、Master of Scienceと続いて最後に私のグループMaster of Artsの順番で進められた。ひとりひとり名前を呼ばれ、学長と握手をしたあと、左手に下げて用意していたHoodをかけてもらう。他の人のものを見て、やっとこHoodの使い方と完成図が理解できた。首から背中向きにかけるもので、後ろから見ると、背中にキレイな楕円形のドレープがかかっているような、そんな感じである。学位によって色が違うそうだ。私のはブルーとグレー、期せずしてジョージタウンカラーであった。

しかしこのHood、見方によっては「ペンギンのしっぽ」のようにも見える。折り返しかたを間違えずに正しくやれば「ペンギンのしっぽ」になるが、折り返しをちゃんとやらないと、シワのよった布でしかない。これで折り返し方はよく分かったが、この知識は次にいつ活用するんだろう??? もう一回大学院に行かないと活用できないなぁ。

卒業式後は立食パーティ。クラスメイトたちと記念写真を撮り、卒業を祝いあった。何人か同じプログラムの一年生がお祝いにかけつけてくれたのも、嬉しかった。写真を撮る合間に、ディプロマを受け取り、雨に濡れないようにビニールをかけて持ち帰った。

そしてその後は母と大家さんと3人で記念のお食事。今回はDCで最も気に入っていたレストランのひとつ、McPherson Sq.にある南部料理のお店、Georgia Brown'sをチョイス。母も大家さんも気に入ってくれたようでよかった。名物のFried Green Tomatoからはじめて、アントレはフルーツを豚肉で巻いてローストしたものに、バーボン風味のクリームソースがかかったものを選んだ。どれを取っても非常に美味。しかしここの面白い特徴は、前菜は少量だがメインが巨大なこと。一度もメインを半分以上食べた試しがないが、箱で持ち帰り、翌日再度食べられるのは嬉しい。

感動の卒業式はこれにて終了、続いては引越し編であるが、これはまた明日。

Wednesday, May 18, 2005

インターネットがなかった頃

宴会の合間に、やっと荷造りを始めた。月曜日は箱を調達したところで、なぜか終わってしまった。予定では箱詰めをガンガン進める予定だったのだが…。

箱詰めを始めたところで、貰い手を捜すべきBig Shotが2つもあることに気がついた。レーザープリンターとフットバスである。さて、どうやって貰い手を捜そう?勿論インターネットである。早速「いらんかね?」とメーリングリストに投稿してみたところ、1時間もしないうちにディールが成立。

いやー、すぐ簡単に貰い手が見つかってよかったよかった。インターネットは偉大だなぁ。

しかしそこで考えた。インターネットがなかった時代、こういう場合にはどうやって貰い手を捜したんだろう?

①友達に1人1人電話で聞く。…これじゃ一回一回、同じことを何遍も言わなきゃならなくてウザイ。
②向こう三軒両隣の住人を訪ねて聞く。…留守だったら帰宅するまで何度もトライしなきゃならないし、やっと聞けたところで要らないと言われたら「ふりだしに戻る」である。うへ、こんなのやってらんねぇや。

…第3の方法を考えることすら面倒くさいほど、想像するだけで面倒だ。うっとうしい。
そう思うと、インターネットって、すげーなー。

しかし待て待て。インターネットって何故、どこがどうスゴイんだろう。

インターネットは3つのことがスゴイ。それは、point-to-pointではなくて、大勢に一度に情報を流せること、また距離や時差に関係なく均一に同時に広範囲に情報を流せること、いま情報を流したいと思ったときに、流せること。つまり①人数、②地理的範囲、③時間の3つの要素に制約なく、自由に情報をやり取りできるってこと。加えて、電話と違って聞き間違いがなく、また同じ書き言葉でも、切手を貼った手紙より伝達が早いこともアドバンテージだ。

いずれにしても、インターネットがなかった頃は、情報伝達にもっと時間がかかっていたから、ギリギリになって貰い手を捜そうと思っても、見つけられないこともあるだろう。つまり、引越し準備も随分早くから始めなきゃならなかっただろうなぁ。そう思うと、今回の私みたいなlast minuteドタバタ族にとっては、インターネットは金一封に値するほどの画期的テクノロジーだ。

…ほら、こんなこと考えている間に、箱詰め箱詰め。だから、今日もまた遅々として進まないんだな。

Tuesday, May 17, 2005

コックさん

卒業・帰国・転居でDCを離れる人が多いこともあり、このところ宴会続きである。

この2年間で、よく家に人を招いてディナーをした。料理をするのが好きということが第一の理由だが、それ以外にも安上がりでゆっくり飲み食いできるから、人の家で食事や飲み会をするほうが好きだったというのがある。この2年間、数ヶ月に一度は「ビストロ・ミリー」を開店・営業させていた感じである。昨日のビストロ・ミリーが多分DCでの最終営業だっただろう。今回は人数も手頃だったので、そこそこ手をかけて作ってみた。

前菜はカプレーゼ。WholeFoodsで一目ぼれして買ったヴァージニア産のトマトは、見た目を裏切らない美味しさ。そして赤ワインとオニオンでマリネードした串刺しのポークをテーブルで焼いて、サラダを添えて前菜は終了。

そしてパスタはシエナ風ペスト。今回初めて試したのだが、バジルの代わりにほうれん草を使うのが「シエナ風」たる所以のようだ。くせのないほうれん草を使うことで、バジルよりマイルドな味に仕上がる。バジルのほうがパンチが効いた感じだが、こちらのほうが万人受けするだろう。しかもほうれん草のほうが安価でもある。

続いて恒例のラザニア。今回はホワイトソースが余り気味で、仕上がりが随分白かった…。しかし味はいつもどおり。ソースの量が時により随分上下するのが課題だが、味はほぼ一定に仕上がるようになった。

そしてデザートにはパンナコッタ。前回は薄くコーヒーゼリーの層を重ねたが、今回は生のマンゴーを添えてみた。個人的にはソースも載せたほうがよかったなぁという気がしている。パンナコッタのバリエーションは今後まだ改良の余地があるな。

ニューヨークに行っても、ビストロ・ミリーが開店できるといいなぁ…。

Saturday, May 14, 2005

だいくさん

この三日間、ニューヨークの新居で床掃除から大工仕事に至るまで、数々の作業をやってきた。NYのアパートは当然だが埃だらけでガランドウ。キレイにしたり手を加えたり、やることは山積みだ。そんな私のために、マンハッタンにもちゃんとHomeDepotやBed Bath and Beyondといった店があった。驚いたが、まあそうか。私みたいな住人が意外と多いんだろうなぁ。  

まず掃除。中学高校時代に掃除を一生懸命にやる学校に通ったこともあり(思えば校舎は古いがいつも清潔だった。特にトイレ)また我が家が掃除好きなこともあり、結構得意なほうだ。

新居の床はフローリング。前の住人たちが土足で歩いたあとを拭き取って、気持ちよく裸足で歩ける床にしたい。ほうき・ぞうきん・床磨き…と色々なものを総動員して、三度拭き掃除をしてやっとキレイになった。今なら床を歩いても、白い靴下が黒くならんぞ。ついでに洗面所~お手洗いのタイルの床も二度拭きして、こちらも裸足で気持ちのいい場所になった。満足。

そして大工仕事。これは全く経験がない。ちょっとした組み立てくらいしか、やったことがない。が、ひとまずストリートから丸見えのベッドルームの窓をどうにかしたい。頼む人もいないし、とりあえず自力でどうにかするべ。ということでブラインドの設置に挑戦。幅が1インチ短いブラインドを買ってしまい、一度返品に行ったものの、最終的には正しいサイズのブラインドが、ちゃんと窓についた。ひもを引けば上がったり下がったり、またグルグルやると角度だってちゃんと変わるぞ。いやー、手はしびれたがその気になりゃ何でもできるもんだなぁ。

しかしやっぱり人間、何でもできるというわけでもない。玄関に追加の鍵をつけるのは管理人のオジサンFに頼んだ。追加でつけるのは見るからにゴッツイ鍵。Deadboltという名前からして簡単に破れそうもない。Fとその子分の作業を見ていたが、いや、こりゃどう考えても私じゃ無理だ。電動のドリルでドアにねじ穴を空けたり、大きな音を立てて何か特殊なことをやっている。これは、頼んで正解。

カーペンター見習いの3日間は、あっという間に終了。スーツに着替えて勤務先へ挨拶に行ったのち、グレイハウンドに飛び乗ってDCへ戻った。帰宅後ふと左手を見たら大きな赤アザが。いつ何にぶつけたのだろう?まるで酔っ払いのようだが、全く記憶にない。まあいい、これは3日間がんばった証拠だ。しかしこの大工仕事、けっこう面白いかもしれない。寸法どおりに取り付けがキッチリ決まったときなどは、BINGO!なかなかの快感である。

Tuesday, May 10, 2005

ふりかえる

過去にアクシデントで消えてしまった話を復活させます。

新生活準備が進むにつれ、ジョージタウンが少しずつ過去の思い出になりかけている。今日は図書館の思い出を。

図書館と言えば「ベーグル・バーガー・ゴーストバスターズ」である。は?何のこっちゃ?

私は昔から家で勉強できないタイプである。ついベッドが目に入ると、ちょっと休憩…のはずが気づけば朝。ということも珍しくない。こういう事態を避けるためにも「勉強するしかない」図書館が最適な環境である。

しかし悲しいかな、図書館のまず最初の思い出は食べ物に直結。夜型だったので朝には滅多に行かなかったが、たまに行った朝はベーグルとコーヒー。ブルーベリーベーグルを軽くトーストして、クリームチーズを塗ったものが定番だった。そして夜はというと、よく近所のWというデリからサンドイッチを買ってカバンに隠し、守衛の目を盗んで図書館に持ち込んで食べたなぁ。なかでもチーズバーガーが気に入っていた。Tomb'sのものと比べちゃ可哀想だが、Wのチーズバーガーはレタスが千切りになっていて〇。

次はゴーストバスターズであるが、これはお掃除のお兄さんのことだ。(この例で年齢がある程度から「上」と分かってしまいそうだなぁ…)夜中の12時を過ぎると、掃除部隊が最上階から順に掃除を始める。数人一組で、掃除機担当は大抵男性。その掃除機がバックパックのように、肩掛け式なのだ。本体を背負って、ブーンとやっている。すぐ見慣れたが、初めて見たときは20年ぶりくらいに?ゴーストバスターズを見たような気がして相当衝撃的だった。

彼らを見ると、私は移民のことを考えさせられた。彼らの殆どは英語が(少ししか)話せない。当然できる仕事も限定されるだろうし、稼ぎもそれほど良くないだろう。ここで夜中仕事をしている彼らは、昼は何か別の仕事を掛け持ちしていると思う。生活のため、故郷の家族に送金するため、そして子供に自分たちよりいい生活をさせるため。一生懸命に働いて得たお金で、自分の子供には自分ができなかったことー例えば大学に行ってプロフェッショナルな職に就くなどーをさせようとか、思っているのかなぁ。

お隣の家に毎週お掃除に来る女性もそうだ。私が古い服を捨てようとすると「捨てないで」と。きれいにしてお金と一緒に故郷へ送るのだそうだ。(ブラウス一枚が、給料ひと月分くらいするとか?)彼女も朝から晩まで必死で頑張ってお隣の家中をピカピカに磨き上げている。

彼らのように必死に仕事をしている人もいれば、私のように仕事もせず、ただ勉強している人もいる。年齢だって大して違わないだろうに、立場は全く異なる。私が自分で働いて貯めた金でやっていることだから、何をやっても自分の勝手だろうとも思うが、しかし有難いことには変わりない。そうか、恵まれた環境にいるんだなぁ、今のこのアサインメントは面倒で嫌だと思ったけれど、一生懸命やらなきゃいけないと思わせてくれるゴーストバスターズ氏。しかしこんなことを思ううちに、夜はどんどん更けていくのでした。

というわけで、図書館といえば「ベーグル・バーガー・ゴーストバスターズ」なのである。移民のことなんかを考えるチャンスは、アメリカに来ない限りはなかっただろう。これは氷山の一角だが、いろいろな新しい視点を持てたことは留学の大きな収穫のひとつである。

Sunday, May 08, 2005

おおさわぎ

ケンタッキーダービーパーティは大成功に終わった。あーよかった。やっぱり大勢で見ると盛り上がって楽しいものだ。ゴール前は皆で絶叫。しかし勝馬Giacomoを当てた人は皆無。大穴とはいえ、10人もいたので誰か当たってもいいところだが。

しかし改めて、競馬のエンターテインメント性を感じた。初めて見た人でも決着がハッキリ分かり、楽しめるスポーツは他にいくつあるだろう。一番にゴールした人の勝ち、という単純なルールだからこそできることだ。私自身、見ていて本当に楽しかった。やっぱり昔の仕事柄かなという気もするけれど。

名物カクテル「ミント・ジュレップ」も大成功だった。作り方も簡単。砂糖と水を1:1で鍋に入れて、ミントの葉っぱを足し、砂糖が溶けるまでグツグツやるだけ。それを冷やしておけばいい。飲むときは氷でいっぱいにしたグラスに、バーボンウイスキーとシロップを大さじ1杯ずつ入れる。ミントの葉っぱを加えたら出来上がり。

忙しい中で準備がバタバタだったが、手伝ってもらったり差し入れを持ってきてもらったり、たくさん協力してもらってよかった!みんなに感謝。

Saturday, May 07, 2005

めがまわる

いやいや、忙しいや。このBlogもランチ片手にやっている。

家探しは、ひとまず一段落した。あとは来週先方から連絡があるまで、何の動きもないはず。とりあえずしばらく忘れよう。今日は一仕事終えたところだが、午後からは郵便局や銀行など雑用を済ませ、美容院へ行き、夕方の卒業記念パーティに備え、帰宅後は1つだけ残った課題の最終仕上げ(昨晩完了できず…)と明日のパーティの献立を考える。明日は朝からパーティ準備なので、以上は今晩のうちにやっちゃわないといかん。うわ、忙しいじゃん。

しかし今日は寒いなぁ。40°くらいだろうか?今晩のパーティの服装をどうしようと考えている。ブルーのドレスを着るつもりでいたが、寒そうだ。昔OLをやっていた頃からそうだが、寒い日のパーティの服装にはいつも悩まされる。でも仕方なかろう。ファッションのためなら寒い、痛い、などはガマンするもんだ。と私は思っている。実際は、つらいけどね。

のちほど明日のパーティの献立も考えなくては。明日は第131回ケンタッキーダービー。名物のオードブル?とミントジュレップに挑戦するぞ!あとのディナーは通常通り?今晩のうちにデザートの1つでも作りたかったが時間切れの模様である。うーん、どうしよう。買ってきたデザートは甘いので嫌だから自分で作りたいのだが…。何とかがんばってみよう。

Thursday, May 05, 2005

いえさがし

NYCへやってきた。目的は家探し。うーむ、やはり一筋縄ではうまくいかない。そもそも難しいのは土地勘がないこと。エリア名を聞いても、それが北か南か、遠いのか近いのか何だかピンと来ない。

NYで不動産探しを始めて、ひとつ分かった。DC近辺ではアパートメントの外側に「空き部屋あり」の看板が出ているのを見つけて飛び込むというのが可能だが、NYではそんなサインはない。どれが空いているのか、そして慣れるまではどれがアパートメントなのか、見分けが全くつかない。ということで、仕方がないので不動産屋に助けを求めてみた。

そしてその「アパート巡りツアー」を敢行した結果だが、やはり情報量が違う。私ではとても探しえないものを持っている。高い仲介料を取るだけ情報は持っているが、いざ払うとなると仲介料はべらぼうに高い。うーむ、迷うところだ。

しかもこんなときに限って、最後にマンハッタンの中、オフィスからかなり近い範囲で非常に魅力的な部屋を見せてもらった。環境も部屋の広さも、申し分なさそうだ。どうしよう。どうしよう。あせってババを引いてもアホらしいが、悠長に構えていたらなくなってしまうだろう。ジレンマである。